2012/1/30(月) おくあん語録



技量とはなにか。
それは、値動きにあうように、
自分なりに(自分のルールどおりに)売買できる能力といえる。
これは、知っている事、あたりまえのことができる能力のことだ。

苦しいと、ともすると当て屋になりがちになる。
当て屋というより、当って屋か。(笑)
ポジションや建玉が苦しくなってくると、
まず、手仕舞いするなど、苦しくならないように玉を操作すべきなのに、
えてして、ひょとして上がるかもや上がってくれと祈ることがある。
自分の建玉のへたさを反省し失敗を処理すべきなのに、
処理しようともせずに固まってしまって、幸運の女神に救いを求める。

幸運の女神もたいていはすなおで、
失敗は失敗です、わたしにはどうしょうもない。
へたやってなにもしないあんたが悪い、とはっきり結論を下される。
幸運の女神は自らを救うものを救うであって、それを放棄したものは救いようがない。

ひにくなもので、幸運の女神は、
幸運の女神に頼らずに自らの失敗を自ら処理をし、
自分の取れるところで取れるような建玉をするものに、幸運をもたらす。
自分の取れるところで取れるような建玉とは技術のことである。

自分の取れそうなところで出る、
自分が取れそうなところでのみ取る、を実行するとすれば、
当然取れそうでないところや取れそうにないと判断した場合では、
出ないか手仕舞いすることになる。
これは、理屈ではなく実践のことで、理論でもなんでもない。
いわれてみればそのとおりで、
それができれば苦労はないというかもしれない。
しかし、苦労しなければできないもので、
苦労を厭えばいつまでたってもできない。
技術とは、ただただそれを続けることで会得できるたぐいのもので頭の理解ではない。
極端なことをあえて言えば、興奮も祈りも落胆もない、単なる作業になる。

そして、幸運の女神は、それができるものに微笑む。


                                  おくあん






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